アザレのシカク

カテゴリが多すぎる兼業主婦アザさんの視覚?死角?□?な日記

もはや食育レベル。湖池屋ポテトチップス「うま塩」

部屋と湖池屋と私、二児の母です。

 

昔馴染みのコイケヤ(以降、湖池屋)が、最近えらく熱い。どうせなら熱くするなら揚げたてを販売してくれよってほど熱い。本年は55周年ということで、スタンダードラインナップのポテトチップスもリニューアルや追加がなされ、計4種類となったニュースが新鮮でした。

https://koikeya.co.jp/news/detail/848.html

4種のうち、「うま塩」はネーミングが地味すぎる割に新しい風を予感したので、糖質カットしているのに実にけしからんけしからん言いながら、手に入れてしまいました。

f:id:azarenia:20170920222619j:plain

まずは「袋あけ」。これは大相撲でいうところの立合い、ワインテイスティングでいうところのコルクチェックにあたります。

ポーズとしては、あけたばかりの袋におもむろに顔を突っ込み、ポテチの香りが飛散しないうちにこの品のテーマとするものを嗅覚で感じ取るべく大きく嗅ぐ。スーハーする。そのむかしヤンキーという人種がドラッグのバリエーションが少ない時代に行っていたポーズとたまたま酷似しますが、神聖な行為です。

恐るべきことに、うま塩はここから既に従来のポテチとは異なるポテンシャルを見せつけました。

「和」です。

ポテチなのに「和」です。

かつおだしがふんわりと香ってきます・・・!!!!

f:id:azarenia:20170920223737j:plain

「和」をもって貴しと成す、ってこれか!!

日本人はそれを具現化するのに1500年もかかってしまいました。

 

この香りは、優しさという概念が形をともなったひとつの例。当然、味わいも然りです。口に入れた途端に

 

ハァ・・・(*''ω''*)

 

優しい・・・(*´ω`*)

 

とため息を漏らしてしまいました。

最近の湖池屋新商品にPRIDE POTATO シリーズがありますが、あれと同じく、これまた「ジャンクじゃない風のポテチ」であります。

推しのポテチといえばこれまで塩加減が強めで、それは確かに塩のうまみを感じることができつつも、食べ進むにつれて唇のへりが痛くなったものです。が、「うま塩」はそういった塩気の尖りを削いだ点が非常に斬新。ああん、優しいからずっと食べちゃう!!

f:id:azarenia:20170920230726j:plain

上記ニュースリリースにはとっくに書いてありましたが、これは昆布とかつおの出汁をえぐくならないバランスで活かしているからこそで、

日本の美味しい出汁の良さを伝えたい・・・そんなポテチなのです。

 

日本に来た外国のかたには、是非これを食べてみていただきたいし、お土産に買って帰るべき(飛行機に乗せたら気圧で袋ぱんぱんになりそうだけども)。なので英語でも書いとこ。

If you find the package above this text at japanese convenient store etc., BUY IT as souvenir by all means. This is the very excellent potato-chips which teaches us one of the impotant Japanese culture, "DA-SHI" - soup-stocks by kelp and bonito.

 

あー、そういえば PRIDE POTATO の「長崎平釜の塩」のほうはまだ食べてないや。あれもまぁ~、うん、きっとこんな、こんな感じで優しいんじゃないかと思うよ。

お題「今日のおやつ」

お掃除ロボットに目玉シールをつけた時のメリットデメリット

雑種犬なら飼ったことある、二児の母です。

 

都会の狭いマンション暮らしですが、4人も一緒に暮らしているとあっという間に床が汚れてくるものです。ほこりや髪の毛をとるには乾拭き、裸足で歩き回った汚れをとるには水拭き。手が回らなくなってきたので遂に、乾拭き・水拭き両方をやれるお掃除ロボット「ブラーバ ジェット」を購入しました。

ご参考までに、こういうの。

iRobot 【アイロボット Braava ブラーバ ジェット 240 床拭きロボット / クリーニングパッド 6枚入り】【並行輸入品】

早速、廊下に置いてスタートボタンを押してみたものの・・・

人生半ば差し掛かってる分際でまさかと思うようなことを言うね。

「怖い」。

電気つけてない廊下で、無言でス~ッとこっちに向かってくるやつ怖い。たとえクリーンなホワイトボディでもダメ。

キャラクター化したらいいのかなと思って、手芸コーナーで売ってた目玉シールを前側に貼っていたら、ついでにむすめ(小1)が「かわいくしたい」と言って折り紙でリボンを作って貼ってきたのがこちらになります。

f:id:azarenia:20170913093016j:plain

ふぉふぉwwwww

かわいい。口も小さいのがみそ。

 

このブラーバはむすめから「キャメロちゃん」というお名前までもらいました(キャメロ・・・?「MASK」でキャメロン・ディアスにハマった世代でもないのに、何故思いついた・・・??)。

ので、「キャメロちゃん、発・進!!」と言ってから起動ボタンを押しています。

子どもたちにも「今からキャメロちゃんが頑張るから、床のもの片付けて。」と言うと、ただ単に「掃除しろ」というよりも気持ちが乗って片付けてくれる感じ。

 

残念ながら、リボンは外すことにしました。キャメロちゃんが低いテーブルの下に来たとき、リボンが見事に引っかかってお掃除に支障が出たからです。

 

目玉だけでも充分にかわいくなったので、満足して一緒に暮らしています。

しかし、目玉をつけたことによって、逆に「キツイな」と思う場面も生じるとは思いませんでした。

おちょぼ口に見えるところは、水拭きモードのときにタンク内の水を噴出するところなので・・・

 

f:id:azarenia:20170913094007j:plain

うわっ、こいつ、きったねえ!!!!!

お題「我が家のペット」

嬉しいときと悲しいときの身体イメージ

人間の身体って面白いなあ、と思う二児の母です。

 

とても嬉しい、わくわくする、そんなとき上半身の血があがって、身体のほうが高揚していることを俯瞰している自分がいた。

胴体上部、横隔膜の上に溜まった熱が心地よく首までに及び、温まって肩があがり胸がひらき、胸式呼吸が気持ちよくなっている。

 

f:id:azarenia:20170908092741j:plain

発達障害の息子のことですごくいらいらするのと同時に落ち込んでいたときは、胸の辺りが鈍色に染まって、どんよりと重たかった。心臓が内側から鉛を入れられているよう。大きな息が出来ず頭が下がり、身体が縮こまる。

 

f:id:azarenia:20170908092825j:plain

健康を左右するよね、まったく。

上機嫌でいられるように自分をコントロールしていきたい。

お題「芸術の秋」

悲恋に浸りたければ糖質オフを

夏場の激務に対応すべく激喰いして激成長(横に)、二児の母です。

これまで普通に履けていたタイトスカートを久しぶりに履いたら、おなかを圧迫した結果おなかを壊したので、ようやく真顔になって「体を絞ろうかな」と思いました。お気に入りの漫画家がゆかいな本を出していることを偶然見つけ、糖質制限路線で行くことにしました。

マンガで分かる肉体改造 糖質制限編 (ヤングキングコミックス)

 

糖質オフついでに、知人に薦められたレコーディング・ダイエットも平行して、食べたものを毎日正直にノートにつけています。とりあえず数週間やる感じで。

 

気付いたのは、毎日毎食、糖質を愛し、糖質を摂取しまくっていたんだなぁという事実です。

糖質とはざっくり言うと、甘いもの、ひいてはブドウ糖に代わるもので、炭水化物・根菜類・果物も含まれます。これらを、できれば日に一食は完全にカットしたいのですが、もともとがパン好き・フルーツ好き。ベーカリーが仕上げてくる多様な食感のパンや季節のフルーツには大いに心満たされ、それを楽しみに仕事を頑張ったりしてきたものです。好きなものを食べないというのは実に気持ちとして切ない・つらいものがあります。

 

糖質オフに気を付けつつトレーニングを組みはじめたところ、てきめんに腰回りなどが締まってきました。それでも食の愉しみは長年わたしの幸せを保つ秘訣であり、勤務中のお昼だけは好きなものを買うかと思い、久しぶりにベーカリーへ行ってみました。

 

糖質が憎い。しかし忙し過ぎた夏を越えてようやく足を向けることができたベーカリーには、目を奪われるほど魅力的なパンが一面に並んでいました。ただし、一見しておりこうなタンパク質であるたまごが多めなキッシュですら、じゃがいもや耳の部分が糖質です。ええい!憎い!!なのにこんなにも愛おしい・・・

 

これは「ロミオとジュリエット」の状況であることに気付きました。

「おおロミオ(パン)、あなたは何故ロミオ(パン)なの。(おからだったら良いのに。)」

すごい。完全に一致。

 

なので、タイトルに戻りますが、ロマンスと現実のはざまで甘く悩み苦しむ感覚を味わいたかったら、糖質オフしてみると良いですよ。

f:id:azarenia:20170901154421j:plain

お題「マンガ」

お題「これって私だけ?」

ただの里帰りじゃ終わらせねえ

激務でしたがお盆休みは無事に帰省、二児の母です。

 

実家は遠方につき、顔を見に行くのは年に数回。半年ぐらいご無沙汰して両親に会うと、記憶の中の彼らよりもだいぶ老け込んでいて、笑顔なんだけども不安を誘う。

ついでに、久しぶりの父は初めてうんとヒゲを、母はうんと髪を伸ばしていて、意味なく様変わり。意味なくショック。

 

年を取り孫をもった両親は優しくなり、帰省すれば手料理をふるまってくれ、子どもが小さいうちからだいぶ楽をさせてもらっている。特に父のマルチ主夫ぶりは素晴らしいものがあるけれど、やはり年齢には抗えないようで・・・

家のあちこちに手が行き届かなくなっている様子が、少しずつ目につくようになった。彼らと同じように、家自体や置いてあるモノ達も、「少しずつ古びながら、ずっとそこにある」様相となってきている。

 

ここ数年は、(子どもたちが手を離れて遊んでいてくれるようになったこともあり)帰省のときには料理をしっかり手伝うように切り替えた。

この夏はそれだけでなく、エアコンのリモコンが1つ老朽化し過ぎていて壊れていたことをきっかけに、「実家をどこか1つでもメンテナンスしてから帰ろう」という気持ちになった。

 

(ちなみに壊れたリモコンは処分せざるを得ず、20年以上前の製品の代替品を探しに行く方法や手間を思うと気が遠くなりそうになったが、他の部屋のリモコンが使えることが判明。

両親に話して、こんな説明書きを付けることにした)

 f:id:azarenia:20170814153638j:image

「視力が落ちた」ということは、「汚れていても分からない」ということなんだなぁ。

実家は田舎ならではの汚れ方で、埃のたまったところにプラスアルファ(泥とか小虫とか)も溜まっていく。また、なんとなく捨てられなくて置いてあるモノがあちこちに溜まっていては忘れ去られ、そういうものの温床になっている。

両親は比較的きちんと掃除をしている人たちだが、そういう事実を、忘れたり気付かなくなったようだ。

 

田舎の一軒家での帰省時におけるモヤモヤスポットとして、風呂場の電気の傘というのがある。

外から小さい虫が入り込んで溜まっていくんだけど、電気をつけたとき・・・つまり風呂に入っているときに初めてそこが中から照らし出されて「うわっ」となる。入浴中は見ないふりをし、そして大概、風呂から出た途端にそのことを忘れる。

 

何年もその繰り返しをしてきたんだけど、今夏は遂に、そこを綺麗に掃除した。

作業は軽度認知症の母と一緒にやった。立ち会ってもらいながら電気傘を取り外し、ついでに母が指摘してきた換気扇部分を試行錯誤して初めて取り外し、その内側や風呂壁や天井周りをハイターつきスポンジで拭き掃除した。

なんとなく放置されてきた黒カビがとれて、だいぶ綺麗な風呂場になった。いつかまた小虫が飛んでくるだろうけど、今だけは、電気傘もピカピカだ。

 f:id:azarenia:20170814153657j:image

風呂場の小物置きに置かれ続けていた、びりびりの泡立てネットや古い試供品のミニボトル群(全部カビ生え)も母と確認をしながら処分をして、意味なくモノが溜まっている状態をなくしておいた。

ただ、母はその場で一緒に作業をしても、やった内容やその事実自体を忘れてしまう。

掃除のあとには父にも風呂場を見せて、今日やった掃除内容を説明した。あとから母が「〇がなくなっている!」とパニックにならないように。

 

母はこの風呂掃除の間、「折角休みに来ているのに汚い仕事をさせてしまって、」という言葉を10回以上繰り返した。認知症のせいというより、元々の性分だろう。

 

「いつか突然に」実家の中のすべてのことがストップする事態も在りうる。

ひどい状態になる前に少しずつ小綺麗に、モノや置き場の無駄がないように。暮らしている本人たちと話し合いながら整頓をつけていければと思う。

 

ちなみに、地味な大掃除をやっている間は、「わたしはこの家のTOKIO」と思って作業をすると効率が良いです。

 

f:id:azarenia:20170814153543j:plain

お題「帰省」

もしもママンが「とこちゃんはどこ」で読書感想文を書いたら

タイトルは「ドリフの大爆笑」っぽい感じで読んでほしい、昭和生まれの二児の母です。

 

小学生になったむすめが、初めての読書感想文に取り組んでいます。

最近の小学校は公立でも至れり尽くせり。読書感想文のための「わーくしーと」なるプリントが配布されており、「なぜこのほんをえらんだのですか」といった設問に答えを書き込んでいくと、ほぼ読書感想文の枠組みが出来上がるという素晴らしいスィステムが構築されていた。うちらの頃は「書け。」だけよ。丸投げされてたっつーの!

 

ただ、最初の難関は「どの本で書くか」でした。1年生なだけに課題図書がほぼ絵本なので、「うちにある絵本でもいいのか、だったらなんでもいいのか」とむすめに言われ、そこで押し問答に。とりあえず「わーくしーと」にある設問が全部埋められるような、ただ単純にたのしくておもろいだけの絵本では「原稿用紙2枚は埋まらない」ぞと。「ダイヤモンドは砕けない」ぞ的にキメました。

むすめは課題図書を書店へ見に行くことを拒み続けたので、うちにある中でベストの本を選ぶよう命じたところ、最終的に「とこちゃんはどこ」で書くと主張してきました。

とこちゃんはどこ

これは、むすめが生まれたときよりずっと前、今ではだいぶ大きくなった息子がよちよちの頃からうちにある絵本です。それでもまだ好きって凄いなあと思い、そして、これまで長らくうちで色々な楽しみ方をした絵本でもあるなあと感慨深くもありました。

よい機会なので、そこんとこを振り返りつつ、ママン目線でもこの本について読書感想文を以下に書いてみることにします。

 

「とこちゃんは、今のうちだけ、どこ」 42歳 アザレ

わたしが子どもの頃はかこさとし先生が乗りに乗っていた時期だったのだろうか、絵本コーナーは彼の作品ばかりで溢れかえっていたような記憶がある。この絵本もまた、幼いわたし自身が楽しんでいた。偉大なベストセラーである。

こういった「探し系」の絵本は現在、1ジャンルと呼べるほど国内外で様々なものが出ており人気を博している。「ミッケ!」「ウォーリーを探せ」などの有名シリーズも親子で読んできたが、「とこちゃんはどこ」というただ一冊は、うちの子どもたちにおいて圧倒的に賞味期限が長い。シリーズ化もされていないこの一冊がそれだけ長く愛されているのは何故だろう、と(とこちゃんと付き合って約40年目にして)時間を作って考えてみた。

 

探し系の絵本は、「目的の人(モノ)を探す要素」と「雑多なモブ(群衆)キャラを見て楽しむ要素」が基本材料である。「とこちゃんはどこ」は、それだけでは済まない。

まず、とこちゃんが迷い込むすべてのシーンが、小さい子どもにとって身近で、かつ大好きなフィールド(動物園、おまつり、海、デパート)であること。現実から乖離していない場所。いきなり新しいフィールドへ連れ出されると、楽しい以前に怖いのかもしれない。小さい子どもは、見知ったところを何度も行く、ぐらいが好きなのだ。

読み手の子どもはとこちゃんを探しながらフィールドをくまなく見回って、あたかもそこを歩き回っているかのようにいろいろなものを目にして疑似体験をする。

ちなみに大きなデパートにあまり連れていかなかった頃の子どもたちは、デパートでとこちゃんを探すページで「こんなの売ってるんだ」などと社会勉強をしていた。そんな側面もある。

 

また、読み手の大人に対しても、憎い演出がある。

場面ごとに、とこちゃんを探してはほんろうされる保護者が入れ替わり、彼らの描写まで収めてある。これを読んであげる人がおかあさんだとすると、おかあさんがとこちゃんを探す場面では等身大の人間として共感をし、おばあちゃんがとこちゃんを探す場面ではおばあちゃんの大変さを思い、おとうさんがとこちゃんを探したりくたびれ果てる場面では「やっぱりな」と普段の夫のざっくりした育児加減を思い返しつつニヒルに笑う。つまり子どもを育てている大人からすると、見開きごとに微妙に異なる感情が交錯するのである。

 

さらに、かこ先生のラフなタッチでモブ(群衆)が描かれているところもこの本の遊びかたに幅を持たせている。なにやってんだかよく分からない人物が混ざっていて、流行に応じて「これはぜんらポーズだよね!」などと子どもたちが見つけては喜んだり、小さいモブ集団を見つけては「この一家は屈伸を掟とする一族」などと勝手にストーリーを仕立てて喜んでいたことを思い出す。

水彩風のタッチは目に優しくて馴染みが良く、多くの描き込みを長時間眺めていてもしんどくない。そういう無意識的な部分は、子どもたちのほうがよく分かっているような印象がある。

 

時代や国をひたすらフラットに突き進むウォーリーに対して、この本は小学校にあがる前のとこちゃんの行動記録でもあるところが、読み手の大人にも子どもにも長いスパンで響く。

当事者の年齢層の子がいる間は「小さいうちはそんなこともしちゃうけど」と笑って許して、いつしか子どもたちがそんな行為からは遠ざかってからも、懐かしく読み返すひとときが出てくる。まだバザーには出さないで、もうしばらくは保管しておいてほしい。

 

デパートで立派なおようふく一式を揃えてもらってピカピカの一年生になったとこちゃんが背表紙を飾るところで、この絵本は終わる。おようふくがちゃんとしたらとこちゃんはもうちょっとちゃんとする(勝手にどっかへ行かない)だろうか、とほんのり我々に思わせておきつつなんにも語られないのも、さっぱりしていて気持ちが良い。

ある程度までしっかり見守ったら、本人の育ちに任すしかない。この見送り感、まさに子育て・・・!!

 

ちなみに、むすめは「とこちゃんはたいへんです」などと書き進めています。早くもお姉さんになりました。

f:id:azarenia:20170805002442j:image

お題「読書感想文」

手先が不器用な人向けかも、なミニ財布「コモド」

息子はアスペルガー症候群、二児の母です。

 

彼は小さいときから手先の不器用さがあり、中学生になっても靴ひもを結べません。できないことについては練習も大切にしていますが、できないことが色々あるという現実に加えて心にかかる負担が強い特性から、些細な「できないこと」については便利グッズでカバーもしています。

 

小さい頃は徒歩圏内でも一人で出歩くことを怖がりましたが、この頃はようやく、近所のお店に小さなおつかいを頼むこと(という練習)が出来るようになりました。

指がつっぱり易く、お財布の小銭入れをまさぐって手先だけで小銭を探すのに手間取ることもよくあるので、ちょっと工夫されているお財布がないかなと思っていた折。

やや値は張るのですが、ユリシーズという、元々はカメラアクセサリーを作っているショップ(!)にて、こんなお財布を見つけました。

  • ジッパーが大きくて、また力が要らずに開きやすそうなこと
  • ジッパーだから閉めやすく、また閉め忘れがない=小銭がこぼれないこと
  • バリバリテープのように、服にひっつく素材がないこと
  • 小銭を入れるスペースが浅いハンモックのようになっていて、入っている小銭が一発で見渡せること
  • けっこう小銭が入って折りたたんだお札も入るのに、ポケットに入る(=他人にお財布を持っていることを気付かれない)薄くて小さ目のサイズであること。防犯目線
  • 自分も、空手道場や小さなお使いに出向くとき、いつもの長財布でなくミニ財布を持っていけたほうが便利
  • 自分の好きなカラーがあった

こういった思惑から、使い勝手が良く色々なシーンに対応できるのなら、と購入に踏み切りました。

 

肝心の息子へ使用感を聞いてみたところ、まったく問題なく使えているようでした。お使いのときには必ずレシートを受け取ってくるようにさせているのですが、レシートも半分に折るだけで楽に入れられるようです。

よく考えたらこのお財布自体がなかなかマニアックなので、万が一落としたり盗られたりしたときにも「うちのだよ」とすぐ話が付くかもしれません。

 

大人の自分が使ってみると、特別な作り(コインスペース)は飾りのようなもので、革や優しめのジッパー(樹脂製)の手ざわりが嬉しかったり、シンプルな佇まいが気持ちよかった。

 

もちろん安いもので済むならそれに越したことはないけれど、値段はさておき、長く使っていけそうなものが手に入ると、日常の中に小さな喜びの種が増えるものです。

この場所から動けないなら、そこでの幸せについて精査すれば良いのだ。